どうしようもない主人公の闇に引っ張られて小余綾詩凪(こゆるぎしいな)のあふれる光がさらにその黒を濃くしていく、けれどどうしようもないほどの青春小説。
インターネットをさまよっていたら見つけたシリーズです。
一也「人間が書けていない…」
主人公であり語り部でもある千谷一也は売れない高校生作家。中学二年でデビューしたはいいが売り上げは右肩下がりでスランプ気味。そんな彼の通う学校に転校してきた成績優秀眉目秀麗運動神経抜群のクール美少女小余綾詩凪はなんと超売れっ子高校生作家で二人の時は態度が豹変ラノベか!
そこからまあ、ひょんな縁でその彼女と協力していくことになったり、友人の九ノ里が微笑ましく見守っていたり、後輩の成瀬さんにええかっこしいつつ…いやあんまりできてないな…という高校生活および作家生活を送っていくわけなのですが。
行くわけですが…なんでしょうねこの、胸の内にわき出る闇と悲しみは…
闇があふれる
そもそもこの男がいけない。売れなさすぎて、続きが書けなくて、それでも書こうとして。
部数に売り上げ、本屋に並ぶベストセラーの平積みと自分の著書の扱いの違い…それらの現実を抱えつつ、そしてひたすらに、「小説は売れなければいけない」というようなことを繰り返し口に出す。
そしてその前に登場するのが、天才肌の女子高生作家小余綾詩凪。物語の力を肯定して、彼女も彼女の綴る物語も広く多くの人に愛されて。
「登場人物の気持ちを答えよ」とか主人公に共感して「わかるわ」なんてものではなく、もう完全に引っ張られて読んでるこっちの闇があふれるところまであります。
まあほら、ほらね…俺だって一応、このブログを半年くらい続けてきているわけじゃない。一也みたいにプロの物書きというわけではもちろんないけど、一日一日の数字は出るし、テキスト量だってそれなりにあると思っているところなくもないわけですよ。
数字が出るということは比較が出来るということで。定期的に上がってくる、他のブログの華々しい報告記事。話題のエントリに上がってくる記事の数々。それらを尻目に、ここにいる自分。
わかってますよそういうことじゃないってことは。でも仕方ないじゃないですか。
一也が本屋で本を一冊手に取り、その受賞者を侮っていたらあっという間に追い抜かれたことを回想しているところなんかもうこの闇が……闇が………!
もう本当に胸に詰まる。俺に出来ることは何も知らないワナビの後輩に「売れるライトノベルとは」みたいな顔してテンプレ無双ファンタジーにしろと偉そうに講義しつつ
「ファンタジーにするなら、やはり異世界転生ものにするべきだ。タイトルには異世界転生というワードを加え、チートとも付けよう。もちろん主人公は無双キャラで唯一無二のキャンセル能力持ちだ! これは売れる!」 (「小説の神様」より)
完璧超人の美少女作家様に反発することくらいだよ!
「君な、売れ筋は大事だぞ!」 (「小説の神様」より)
どん底からの挑戦者みたいな格好良い建前もない。ひねくれて後ろ向きで、続けていること自体が間違っているところまである。待ってくれている読者はいないといいつつ、でも続けていく。
それでも、その闇の中にも見える光がちらりと輝くときもあり…でもそんなものは「現実」というさらなる闇がまた潰していくわけですよ。
神様なんていなかった。いや、試練を与えるものを神と呼ぶのかもしれない。くそったれでしかない。
また悔しいのが、これらが展開に都合良く現れたものという感じがしなく、それまでから導かれる現実味を帯びているところで。ほんとうに悲しみしかない。
一方やっぱりラノベか! と叫びたくなるような詩凪さんとの共同作業。普通であれば壁を殴るところであるのだけれど闇に呑まれすぎて読んでるこっちもドキドキしてくる。神さまこっちにはめいいっぱい祝福補正かけてる。
願い
物語は、願いである。
詩凪は「小説の神様」が見えるといい、一也は「小説に力なんてない」という。
光と闇、としか思えなかったこの二人が物語の最後にたどり着いた風景、そこに向かうまでの一也と詩凪の衝突、成瀬さんの選んだ道。
ここまで闇と現実があふれていて、あふれたぶんだけ綺麗になる。
読んでも現実は何も変わらないかもしれないし、何かが救われるかもしれない。そういう物語です。