世にも珍しい金勘定漫画。経済や儲け話をテーマにした作品は数あれど、いろんな業種のコスト計算をずっとしてるのはこれくらいじゃないか。
命の値段から始まって
主人公のチョキンは交通事故で生死の境をさまよっているときに、幽霊のジェニーと出会うんですがそのときの話題が自分の交通事故の賠償金の話。
(「銭」1巻より)
逸失利益(その人が生きていたらそれから先にどれだけ稼げたか)の話なんて、それこそ縁の無い(むしろ縁の無いほうがいい)話がのっけから始まるわけですが、これも話を追っていくと、ちゃんと気持ちのこもった話であることがわかります。
(「銭」1巻より)
これをきっかけにチョキン、ジェニー、それから後で加わるマンビの三人の幽霊は、社会の仕組みを「利益とコストの計算」という観点から追っていくことになります。
その業種も様々で、最初の賠償金の話、出版社の話、アニメ製作の話、コンビニ店舗の話、ゲーセンの話、同人誌の話、カフェの話、ドッグブリーダーの話、声優の話、骨董の話、メイド喫茶の話、エロ本の話、葬儀の話、ホストクラブの話。
コスト計算より業界ルポのような面が強いところもありますし、枕営業の話など作っている(と思いたい)ところなどもあるのですが、それに掛かるコストが赤裸々に計算されていってだいたい「えーっ!?」ってなるのほんとにおもしろい。
この三人組、そして話が出来る相手が同じ幽霊か霊感の強い人、というのもたぶんポイントで、現世のことは完全に他人事だから何言っても嫌味がないのかもしれない。
利益を出すことに自信が持てる
「清貧」という思想が、日本では強いように思います。それは元々の「貧しくても清く生きていく」というものから転じて、「貧しくないということは清くないはずだ」から「儲けを出すことは汚いことだ」というところにまで行きつている、嫌儲と呼ばれるおぞましい何か。
それはまあ確かに、悪どいことをやって手にしたカネは嫌悪されて然るべきなのかもしれませんが、因果が逆転しているようにも思います。
(「銭」2巻より)
その話を趣味産業筆頭である「同人業界」で振ってくるこの強さ。
趣味というのはそもそも採算度外視なので、「利益ではなく中身」というのは正しい。でも「クオリティを追求した結果の赤字と、闇雲に予算MAXで作るのは違うでしょ?」という話から、むしろちゃんと利益を出していったほうが良いモノが作れるチャンスがある、というところに持っていくのはなかなか見事な流れだと思います。
(「銭」2巻より)
これが趣味だからまだいいけど、実際の営利活動(要は仕事です)になってくるとそのあたりをまず考えないとそもそも事業が続かないんだよなあ…というのは、(バイトみたいな上から言われたことをこなせば賃金が出る、というのではない)実際の仕事をすれば分かるだろという話ではあるのですが。
そのあたりのもっと渋い話は、むしろ出版社で雑誌に掛かるコスト計算をしている回のほうがつらみがある。どこかで回収できなかったら次が出ないものねえ。
私の前の上司が「利益は事業を走らせるガソリンだから」みたいなことを言っていたのですがそれは大変正しい。そう思います。
「お金」とは
後半のほうはどんどん業界ルポのようになっていって、最後に行き着くのはホストクラブ。ここかー。みたいな感じはあります。
これはジェニーに因縁のある話で、そのまま彼女にとってお金とは何だったのか、というラストに繋がっていくところなのですが。
またこのそれぞれの題材ごとの話、全部が全部上手くいくようなものでもなくて、
(「銭」3巻より)
それでもそれを含めて世の中にお金が回っている、という。
そしてこのカフェの話、見ていると完全にあかんやつやろ…ってなるんですが、最後まで読むとこれが「成功に至らなかったチャレンジャーの話」というふうにも見えてきます。失敗例からここが紙一重、裏表だったというところに持っていくのもなかなかやる。
全体的には、ここまで赤裸々にお金の勘定をしつつストーリーを立てていっているのが面白く、またデータを追っていても興味深いところがありますが、身につまされるものもあります。
数字が多く出てくるのに読みやすく整理されていて邪魔にならないのは、ルポ漫画を多く手がけてきていた作者の力量によるところでしょう。
逆に、地に足付いたその数字が「お金にまつわるドラマ」にリアリティを出してきているところまであります。
タブー視されがちで、でも一番気になるお金の話。題材ごとに数話くらいの連作短編になっているので、興味があればまずは1巻だけでも。
(※この本の1巻が出版されたのは2003年、最終7巻が2009年ですので、業界事情などは今と違っているところは多くあると思います。でも説得力のある数字が入っているのは面白い。)