第23回電撃小説大賞、大賞受賞作です。
戦争ものですから当然ひどい有様で最悪な状況しかないのに、読んでみると不思議と絶望感はなく、高潔で美しいという印象を全体から感じ、最後の最後、最後の最後の最後まで続きを追うことを止められない作品でした。
えらいものを読んでしまった…
放たれた無人機に包囲された、平和を保つ共和国
状況は至ってシンプル。
事の始まりは9年前。物語の舞台となる共和国の東にあるギアーデ帝国が、無人機「レギオン」をもって周辺国に宣戦布告を開始。
その圧倒的な強さの前に共和国は撤退を余儀なくされ、二つの決断を下す。
ひとつは全国民を八十五行政区画へ避難させること。
ひとつは白系種ではない有色種を人間ではないもの、「エイティシックス」と呼び強制収容所に送り、レギオンと戦わせること。
その後、自動で修復、増産されていくレギオンに対して共和国側も無人機の開発を急ぎ、ついに「ジャガーノート」という機体を完成させ、それによって無人機vs無人機という「人間の死なない」戦争という形ができあがり、共和国内に逃げ延びた人々にはかりそめでも平和が訪れていました。
レギオンには活動限界があるという分析の結果が出ており、あと2年しのぎきれば、なんとかなるという見込みまであるんですよ。
無人機同士の消耗戦であるから、毎日の戦闘では死傷者は常にゼロ。指揮は安全圏である共和国内から、知覚同調(人間の集合無意識を通して五感の一部を同調させる、主に聴覚を同調し通信に用いられる技術)という方法で行うため、指揮官の身も安全。完璧です。
本作品はこの「無人機同士の消耗戦」を背景に、「ジャガーノート」の部隊を指揮するハンドラーの少女レーナと、最前線で戦うエイティシックスのスピアヘッド戦隊、両方の視点が交差する物語になります。
こういう「人類の敵」のようなものたちと対峙する戦争は、すごい立派な大人が命を懸けていくように描かれることもありますが。本作はその逆でだいたい反吐が出る…でも、あー、実際こうなんだろうなあっていうのがまた、地獄みを増す。
人間が搭乗していなければ有人機とは言わない。そしてエイティシックスは人間ではない。
つまりそういうことです。
ジャガーノートへコアユニット「プロセッサー」として組み込まれ、無人機との消耗戦に使い潰されていく「エイティシックス」と呼称される人間以下の少年少女。
結局、帝国のように完全な無人機を開発することができなかった共和国は、それによって共和国はなんとか戦線を維持しているわけです。そして市民にそのことを知らせることなど到底出来ない。しかもそれだけではなく現場の兵士は白系種の優越的差別意識バリバリでむしろジャガーノートの損害を楽しんでいるものさえいる有様。
…読者視点で眺めるから冷静な気持ちで考えられているところはありますが、手持ちの唯一の武器が壊れていくことを楽しんでるような様子は馬鹿なのかな? っていう感想しかなく、むしろ緩慢な自殺にすら見える状況です。
もちろん人道的な面でも許されない話です。しかしシンを始めとした当のスピアヘッド戦隊の面々がプロセッサーであることを受け入れて…受け入れるというのとは少し違うかもしれないけど、悲観している様子もあまりないので、「かわいそう」みたいな気持ちにはならないのですよね。そういうところでも共和国のクソっぷりが強調されるのですが。
…そうですね、かわいそうと思ったのはむしろ、共和国八十五行政区画の中にいる白系種のほうに、かもしれないですね。
卵や木イチゴですら貴重品となっている行政区画で、合成食をかじりながらエイティシックスを見下し生きているものたち。この戦争のゴールも考えられず、もはやジャガーノートを消耗させることが目的になっている節すらある上層部。…書いてみると、完全に狂ってるんだなあって感じします。
まあそれはそれとして女子が水浴びしたり猪を狩ってきて盛大にBBQやってたりするスピアヘッド戦隊自由すぎ。
人生の幸福とは…
ハンドラーの少女と少年兵たち
そういった、あきらめを言い訳にしたような気持ちの悪い悪意が横たわっている状況を背景に、レーナとスピアヘッド戦隊の交流から始まるのが本作のメイン。
父の影響で、エイティシックスに差別的な感情を抱いてはいないレーナと、「葬儀屋(アンダーテイカー)」の異名を持つシン。そして地獄の前線をくぐり抜けてきたスピアヘッド戦隊の少年少女。
つっけんどんな男とお嬢様のボーイミーツガールでもあるのですが、レーナがスピアヘッド戦隊に入れ込んでいくにつれ明らかになる事実、真実、登場人物の過去の関わり、シンの能力と異名の由来、「レギオン」の思惑と知られていなかった事実、そしてシンが目的としているもの、この部隊の最終目的などが次々といいタイミングで明らかにされていって、読み進める手が止められない…最後、どうなってしまうんだこれという気持ちもずっと残っていて、それは本当に最後の最後まで「これで終わりなのか」という気持ちでした。
特にアンダーテイカーの由来や、シンの能力がどういうものか発揮されてきてからがヤバイですね。前半の雰囲気があるから余計に胸が締め付けられる。恐怖という面ではレギオンも…途中からなんとなく予想されたところでもあったけど、それでもえぐい。
シンたちの戦いの行方や、エイティシックスが世代ごとに求めていたものから、ところどころに感じるやさぐれた、でも高潔な、先に進んでいく気持ち。
エイティシックスたちは確かに最初は共和国から追い出された、どころか畜生扱いの消耗品にされた。でも今は、果たして八十五行政区画にいるものたちが、支配者なのか閉じこもっている哀れなものたちなのかがわからなくなっているような気さえします。
ラストについての感想は述べません。是非、読み切って欲しいです。
あと巨大ロボじゃないけどロボットものでもありますね。ちょっと前に話題になった「ラノベで巨大ロボットものは難しい?」っていうのが思い出される。