ひとことで言うと闇。
でもそんな中で最大限、面白いものにしようとするシナリオライターの苦闘がまぶしい希望でもある…
ゲーム制作ものではあるのですがソーシャルゲーム、しかもそれのシナリオライティングというかなり今までにないところへ強くスポットを当てた作品です。
「まともな精神で作られた設定が送られてこないのが、ソーシャルゲーム制作あるあるだ!」
「普通すぎてつまらない」という理由から振られてしまった心の傷を持つ松 平くんはそのトラウマから古今東西の名作アニメ、マンガ、ラノベなどの印象深いフレーズを記憶し引用するようになり、そのノリで憧れの先輩に告白をしたら彼女がソシャゲのシナリオライターでその才能を見込まれ仕事を手伝うことに!
その彼女、クララ先輩の一家はみなさん異能持ちで両親は他界してしまっていて、クララ先輩はもともと両親の仕事だったライターを引き継ぐような形でそのペンネームーー「クオリア」を使用して仕事を受けていたのだった。という。
突拍子もない設定はソシャゲだけじゃなくてラノベもだよね! って感じはありますがあの両親の死因は流石に二度見した。で、落ち着いて考えるとあの夏の現場なら起こりえるからこわい。東京ビックサイトの闇。コスプレと水分補給は適切に。生死に関わるぞ。
前評判からの印象としてはソーシャルゲーム残酷物語って感じだと思っていたのでちょっと面食らったところありましたけど、残念美人のクララ先輩(立った!)、多重人格気味でラッキー担当妹のアイナちゃん(生きて添い遂げたい)、クール探偵のリーヤくん(赤ずきんかわいい)、頼れる長兄オーガさん(地上最強の生物)という個性的過ぎるメンバーと共にソシャゲライティングという薄給の仕事に挑む愛と感動の物語です。
残念美人の先輩とギャルゲー体質のアイナちゃんに手取り足取り添い遂げられていたら僕も今頃はソシャゲライターになれていたというのに!!(そういう話はしていません。しかし時代はやはり妹です。
主人公の平くんは平くんで覚えた名セリフの作品数、優に一万を超えるという筋金入りのオタク気質。それもう普通じゃないから安心していい。
この平くん、いや作中でついたあだ名でいうとコウくんの能力も普通の作品なら何になるんだって感じではあるんですが、シナリオライティング的にはこれがまた役に立つ。まさかラノベで、それまで読んできたものから作品が生み出される過程というものが見られるとは…
登場人物はぶっ飛んでますが創作過程と発注される金額についてはわりかしガチらしくもあり、それが(主に業界の方っぽい方々の)評価高い理由に繋がっているところもあるのかと思います。
「シナリオを書くっていうのは、よく料理に喩えられる」
この作品のもうひとつのキモである、ソーシャルゲームのシナリオライティング。こちらはなんといいますか、すごい現実的でつらい…
細かいノウハウや考え方など、ソーシャルゲームのシナリオ、台詞の作成というものが既存のシナリオとはまた違ったものであるということがよく伝わってきます。著者の方は「チェインクロニクル」というゲームのシナリオに関わっていらした方で、どこまでが現実でどこからがフィクションなのかはわかりませんがこの作品はフィクションです。(報酬的な意味で
言われてみればなところはありますが、確かにそうですよね。連続するミニシナリオにフレーバーテキスト、豊富なキャラボイスなどが随時ユーザーの目に触れるソーシャルゲームは、一つの作品として完成されてからユーザーに届けられるパッケージ売りのゲームとは違ったものになって当然。
物語の作成というよりキャッチコピーに近いそれが、既存のゲームのシナリオ料金を踏襲した報酬に設定されてしまった不幸という哀しみを背負いつつ、5人一丸となって納品物の完成に向かっていく様子が心を打ちます。異能力が効いてくる場面でもあります。
なんてシナリオライティングに便利な異能力…これほしいひと絶対いるでしょ…(切実な問題として
最初の依頼内容と納期と報酬を提示されたときは「うわーBLACK!」って感じになるのですが、それをきちんと筋道立てて仕上げていく様子がコウくん視点で描かれていって、鮮やかにまとまるその過程を見て「プロってすごい…」に変わるのはやはり面白いですね。次章開始時に「うわーBLACK!」に戻るんですけど。それは。
この過程が、ごまかしがないものだと思えるところも業界モノとして良いところです。特別な才能で書けてしまう無双ではない、今までのインプットがアウトプットとして形になるという過程が描かれているのはクリエイターものとしては斬新なところでもあるかもしれない。
…でも、ごまかしがないっていってもあの報酬マジなの大丈夫なの大丈夫じゃないよねぶっちゃけ生活できな あとリテイクが飛んできた様子がないところにモノホンのヤバさを感じる。書かれてないだけかもしれないけど。
「プロになるのに必要な、たった一つのこと。それはーー」
そして、この作品自体が駆け出しのシナリオライター、コウくんの成長物語でもあり、戸惑い、自信、増長、挫折などが詰まった青春ものでもある(かもしれない)。
関わっているゲームがだんだんと世に出て行く過程の追体験的なところもあり、読みやすい文章と相まって中盤~後半あたりなどはもう一気に読んでしまう感じです。
クララ先輩の生真面目な情熱に引っ張られて、ユーザーのために身を削る、より良いものにするために知恵を絞っていく姿を見て、その結晶がソーシャルゲームという形になっているのだなというのがすごく伝わってくる。
作品的にはまたまだ続きそうで今後の展開も楽しみなのですが、テーマ的にも舞台的にもライター稼業(請負)のみとなっていたところもあり、「ソーシャルゲーム制作」という括りでもっといろいろなパートにスポットライトが当たることがあると、より闇が深まる興味深く読んでみたいかもしれません。
ソーシャルゲームはその成り立ちもあってコンシューマー、パッケージと比べてシステムがWeb系寄りで、即時更新可能、サーバー配信、課金タイミングの調整などシステム的な特徴も多く、それらがシナリオライティングやゲーム性に影響を与えている部分も少なくないと思いますから。私がプログラマということもあるのですが、そういった部分も絡んでくるとより面白みが出てくるかもなんて。
そういう、(主にソーシャルゲーム、スマホゲーム、アプリゲームの)シナリオライティングに興味がある人は勿論のこと、そういったゲームをやったことのある人であれば「そのストーリーはこうやって作られているのか…」という業界モノとしてとても面白いですし、もし業界を目指している方であればマストバイ。おそらく、(普通の)ゲームシナリオの参考書よりも参考になるラノベになってしまっているのではないかと思います。実務的な意味で…勧めて良いかどうかは、私は素人なのでなんともなところはありますけれども、読んでみる価値はあるのではないかと思います。是非。
さらに、イラストの煎茶氏が書かれているプロモマンガもなかなかイカしてるので本作を読み終わった方も未読も方も是非是非。
マンガを読むときっと本文を読みたくなると思います!
また、著者の下村健氏がシナリオを手がけているアプリ「チェインクロニクル」はこちら。
この作品は、「シナリオが軽視されがちだった時代に、シナリオ重視で一躍大人気になった」という作品です。