怒濤の詰ん読解消日記

つんどくダイアリー

旧「怒濤の詰ん読解消日記」。積まれてしまったマンガ、ラノベなどを読んで感想を書いています。結果として面白い本の紹介だったりまとめだったりになってる。/端末の表示によると、あと740冊

「「表現の自由」の守り方」プロローグ部分の感想 ありえないと言っていられるうちが平和です

「表現の自由」の守り方 (星海社新書)

 山田太郎議員の著書である「「表現の自由」の守り方」、その冒頭部分には「もし児童ポルノ禁止法に創作物が含まれていたらどうなっていたか」というifの物語が収録されています。

 この本自体については以前に感想を述べたのですが、小説部分についてはあまり書いていなかったので折角だから感想を書いてみました。

 

盛りすぎ?

 「表現規制が行われたらどうなるか」という状況がガンガン進行中というストーリーで、まず主人公のマンガ家「K」がそれを理由に掲載見送りという状況から始まり、マンガ・アニメの規制による数千人規模の逮捕劇、大学の蔵書の大量摘発、非親告化による二次創作の壊滅といったように最悪の状況のオンパレード。

 編集さんは同情してくれる様子だけれども実際は何もしてくれないし、良識ヅラした「世間」とやらが認めるのは「健全な」マンガのみ。

 Kが女性で、結局この児童ポルノ規制では何も救われなかったというところまで含めて、ずいぶんと暗い気持ち、暗いと言うより闇があふれる感じになりますが、同時に都合の良いチョイスでもあると思います。本の趣旨としては分かるのですが。

 今の日本の生活から思った感想としては「ちょっとありえない」でした。

 

 …いや、だってそうじゃないですか。これほどのマンガ大国で現在一般流通しているマンガを持っていたら逮捕されるようになると言われて現実味がありますか。毎年右肩上がりの成長を続けている夏冬の祭典が取りつぶしに追い込まれると言われてそうですねと思いますか。

 

そこでアチョン法の登場ですよ

 実際にやらかした国があるらしいです。韓国です。

 「アチョン法」という、所謂児童ポルノ禁止法に創作物を含めた結果、日本の漫画をもっていたら逮捕というレベルで逮捕。1年間に2,000人以上の逮捕者を出し社会問題化。

さらにこの法律、わいせつ罪より刑が重いらしくて完全にバランス崩壊中。当然マンガ産業大ダメージ。

 さらにゲームの接続を強制的にシャットダウンする法律を作った結果ゲーム産業も大幅萎縮。

 テレビの自主規制もたばこやナイフなどが規制されて放映されるときはモザイク入りになるという もはやカオスのこの状況、

 

 このプロローグ、「日本の未来の話」と言われると現実味ないんですが、「お隣の国の話」って言われると「あっ…」って察するしかない。「創作物が児童ポルノに含まれていない隣国に逃亡」ってもうそれ、「あっ…」って。

 

  あっちじゃ妄想でもifでもなく、現実なんですかね…

 

現実に起こりえたことなのか

 最初に「現実味がない」という話をしておいてアレなのですが、もしこのように児童ポルノ法に表現規制が加えられ、外圧に屈し、非親告化を呑んでオリンピックに流れ着いていた場合、プロローグのようになる可能性はとてもあると思います。

 

 あくまで、幸いにして、今は想像できないな、という。

 

 では、この悲劇を日本はいかにして回避してきたのかーーというのが、この本の本題となります。著者の山田議員ら大勢の方々の尽力によって現状があると思います。それは「そんな酷いことになるわけないでしょ」という牧歌的な話ではなく、信念を持った政治の仕事だったということが分かる本でもあります。

 

 このプロローグ部分については、現在こちらから試し読みできるようですので、まずは是非読んでみて下さい。そう長くない、12ページくらいのお話です。

ji-sedai.jp

 

 それで興味を引かれましたら、是非本編のほうを。新書ですしそう厚い本でもないです。数時間もあれば読める感じです。

 また手前味噌ですが感想も書いていますので、よければ参考にしてください。

tsundoku-diary.scriptlife.jp

 

 表現の自由の話については、感情論と原理原則の話がすごい混ざっていて大変なんともいえない話になっていると思います。創作物は個人の感情に関わることなので如何ともしがたく、それこそマンガやアニメのファンだと思われる方からでも、「けしからん漫画は規制されても仕方ないのではないか」というようなことを耳にしたりしました。

 

 私にも気に入らない作品、行きすぎてると思い眉をしかめるような作品はあります。

けれどそれらを気に入らないということと、法で規制して消し去ることとは分けて考えたい。

 

 日本の表現の自由についてももう安全圏というわけでもなく、というか安全圏というものは多分なくて、ずっと対応していかなければ、ひとつ間違えばこのプロローグ小説みたいな未来に繋がるのだろうと思います。

 

 そういった「最悪の想像」の形としては、この小説は正しいのかもしれません。